チベット By かさこワールド

・2007年5月6・7日 チベットはそんなに遠くない



「チベット」という言葉を聞くと、
「一般人には行けない山奥の秘境」と思いがちだが、実はそうではない。
アメリカやヨーロッパの田舎町に行くより、
時間的にも距離的にもはるかに近い。
特にここ数年の中国の驚異的高度成長に伴う「西部大開発」によって、
チベットへの道のりは容易になってきている。

チベットまでどうやって行くか。
・日本→(飛行機)→北京:2時間30分
・北京→(飛行機)→西寧:2時間30分



西寧は青海省の省都で、高級ホテルもあれば、
20階建て高層マンションもあれば、
ケンタッキーフライドチキンもある、大都市である。
ここから車で30分も行けば、チベット寺院に行ける。
それも、“チベット仏教最大宗派の始祖の生地に建てられた、
ゲルク派6大寺院の1つ”という大層な寺院である。
※今回は訪れなかったが、2005年9月に訪問
http://kasako.web.infoseek.co.jp/05tibet.files/kunbumufoto.html

ところがこのお寺、かなり観光地化が進んでいる。
寺に入るのにチケット売り場があり、入場料を払い、
番号が振られたお寺を順々に回っていくという具合に。
ラサのポタラ宮もしかり。
高度成長で大挙して押し寄せる中国都会の金持ち旅行客が、
チベットのような国内辺境地域に観光旅行に来て、
パシャパシャ写真を撮っている。
もちろん、こんなところに行ってしまうと、
簡単にチベット文化に触れられるというメリットはあるものの、
旅行前に想像していたチベット秘境幻想は見事に打ち砕かれ、
「チベットなんてたいしたことなかった」という印象になりかねない。

そこでもう1歩、労力をかけると、まだ観光地化されていない、
当たり前の話だけど入場料なんかない、
“ほんまもの”のチベット寺院に行ける。

今回はこの大都会・西寧から、バスで6〜7時間かけて、
興海(シンハイ)と同徳(トンドー)というチベットの町を訪れた。



メインストリート1本しかないような町で、
そこにはチベット僧が町をうろうろしているような場所である。
町の看板には中国語(漢字)とチベット文字が併記されているほどだ。



ここでもすでに十分、チベット的雰囲気を味わえるわけだけど、
所詮はまだ「町」である。
電化製品店もあれば、そこそこの中級ホテルもあれば、
立派な郵便局も電話局もあるような場所である。
ここを宿泊拠点にして、車をチャーターし1〜2時間ぐらい走ると、
まさに秘境のチベットというべき、チベット寺院が立ち現れるのである。



興海から2時間かけてセルゾン・ゴンパ(賽宗寺)へ。
同徳から1時間かけてセルラ・ゴンパ(賽力亥寺)へ。
チベット寺院(ゴンパ)での楽しさもさることながら、
そこまでに行く景色がまた素晴らしいのである。

旅の醍醐味の1つは、目的地に着くまでの移動の時間。
移動の景色や移動手段が楽しければ楽しいほど、
旅は思い出深いものになる。



チベット寺院まで行くまでの景色。
その素晴らしさ、すごさは感動もの!
グランドキャニオンのような山の渓谷を車で行く。
グランドキャニオンも行って見て素晴らしいと思ったけど、
今回のチベットは、グランドキャニオンのような山の渓谷を車で走ることができ、
しかもそこには人が住んでいて、村もあり、人々が暮らしていて、
さらに対岸の山を登ると平原が広がり、
そこからまた標高4000m近いところまで登って、
岩肌に張り付くチベット寺院が立ち現れる感動はマジですごい。
チベット寺院まで行く道のりそのものが、
まるでグランドキャニオン観光になるこのすごさは、
きっとチベットならではの魅力なんだろうなと思った。

観光地化された日本からもアクセス容易なチベット寺院ではなく、
こうしてさらに一歩足を伸ばしただけで、その感動は格段に違う。
チベット寺院を中心に村を形成していて、
そこには多くのチベット僧が住んでいるわけだけど、
セルゾン・ゴンパでも、セルラ・ゴンパでも、
そこで出会ったチベット僧に手招きされ、
家に招待され、食事をご馳走になった。
私はチベットを訪れるのは3回目だが、
家に招待され食事をご馳走されたのははじめてである。

でも悲しいかな、アジアの旅先で金絡みでいろいろ痛い目にあっている私は、
ご馳走の後で金を請求されるのではないか、
という一抹の不安もあったわけだけど、まったくそんなことはなかった。
セルラ・ゴンパの僧が帰り際に何か言葉をかけてきたので、
「ひょっとして金をくれって話か?」と思いつつ、
まあでもご馳走になったしとても好意にしてくれたから、
いくばくかのお金を払ってもそれは仕方がないと財布を出すと、
「とんでもない!金なんかいらない!
これは私が好意で招待し、ご馳走しただけだから、そんなものはいらない!」
というようなことを多分、言われて、
逆に恥ずかしい思いをしてしまったぐらいである。



セルラ・ゴンパの僧の家は電気もなかった。
居間と寝室の2間。
やかんでお湯を沸かすのに、ヤク(牛の一種)の糞を使い、
互いに片言の中国語しかしゃべれない中、
にこにこしながら待つこと30分。
お湯が沸くと、茶葉とミルクをやかんに突っ込み、ミルクティができあがり。
ビスケットとパンと羊ジャーキー?のようなものをご馳走してくれた。



セルゾン・ゴンパの僧は、やはりミルクティと、
パンと揚げパンのようなものを出してくれた。
さらに私がパンをツァンパというチベット人の主食と勘違いし、
「ツァンパ?」と言ったところ、わざわざツァンパを作ってくれた。

ツァンパとは大麦をごがした粉をこねたかたまりのようなもので、
藤原新也の「全東洋街道(下)」で、
食い物とは思えない土のかたまりのようなものと書かれていたことから、
「いつかチベットに行った時、このツァンパを食べてみたい」と思っていた。
思ったほど味は悪くはないが、確かに土のかたまりのようなものだった。

この僧はなかなかの金持ちで、
質素な居間にはテレビとDVDプレイヤーがあり、
もちろん携帯電話も持っており、
写真のアルバムを見せてくれたのだが、
ラサのポタラ宮に“旅行”した記念写真もあった。
標高3600mの山奥の僧の家にも、
確実に経済成長の波は押し寄せていたけど、
ご馳走の金をせびるような観光地ずれしたところは、もちろんまったくなく、
寺を訪れた旅行者を歓待するのは当たり前だといったような、
“心のもてなし”をしてくれ、私にとって思い出深い出来事となった。

「癒し」とか「もてなし」とかいうキャッチコピーが氾濫する日本社会だけど、
金を払って受けるサービスとしての癒しってのは、
もしかしたら矛盾しているのかもしれない。
本当の癒しというのは、金は一切、絡まないものではないかと。

中国の西部大開発のおかげで、
チベットタウンの道は整備されはじめ、
舗装された高速道路が途中までできている。
チベットタウンも以前あった旧街道沿いの古い街とは別に、
最近建設したと思われる、真新しい新市街のようなものが形成されていて、
宿泊施設もレストランもそれなりにあり、
現代文明にどっぷり浸かった私のような人間が、
バックパッカーとしてではなく、1週間程度の短い旅で、
こんなチベット寺院やチベット高原風景に出会える場所まで行ける、
ある意味では非常にいい時代になったのかもしれない。

一般的な観光地旅行や出来合いのエンターテイメントに食傷気味の人に、
あと一歩、ほんのちょっと足を伸ばせば、
こんな素晴らしい場所に行けるということを、
トラベルライターとしての私が最も伝えたいことなのかもしれない。

チベットはそんなに遠くない。
金が絡まない本当の癒し。
移動が素晴らしい旅の醍醐味。
会社を辞めてバックパッカーにならなくても、こんな体験ができる。
とりあえず、今回、それを妻に見せてあげられた。

〜君に見せたい景色がある〜

私のチベット写真やレポートが、
旅の水先案内人的役割を果たすことができたら、とてもうれしい。

・2007年5月1〜5日 チベットから無事帰国しました





4/28〜5/5までチベットに行ってきて、
つい数時間前、無事に帰国しました。

標高3000mを超えるチベットの地。
グランドキャニオンのような、壮大な風景。
モンゴルのような、どこまでも続く草原。
チベットタウンからさらに山をわけ入ると、
岩肌に張り付いたチベット僧院が眼前に表れ、
袈裟をまとった多くのチベット僧や、
民族衣装に身を包んだチベット巡礼者たちに出会う。

チベット僧の家に招かれ、食事をご馳走になり、
巡礼者たちの真摯な眼差しに惹かれ、
カメラを向けるとささやかな交流があり・・・。
“天空の地”に生きる人々の姿とその風景が、
僕の心を洗ってくれた。

僕らにとっての超非日常世界。
彼らにとって日常世界。
その一端を順次、写真を中心に、
ホームページに更新していきたいと思います。

そして今回から試しに動画を撮ってきました!
動画も順次アップしていきたいと思いますので、お楽しみに。

・2007年4月28・29・30日 チベットに行ってきます



君に見せたい景色がある
ちょっくらチベットに行ってきます。

昨年のGW以来、1年ぶりとなる私の真骨頂、
海外旅行フィールドワーク。
国内で猫やら工場やら古い街並みやら女の子やら、
はたまた錆びまで撮影してますが、
私の文章・写真の原点は海外旅行にある。
それもガイドブックの取材などで行く、
仕事としての旅行ではなく、自ら行きたいと思った場所へ。
1年ぶりの精神浄化。

旅行前って当たり前の話ですけど全然実感がなくって、
またあの地に立って旅の感動を味わえることが信じられない。

そして今回は、行きたい場所の中でもとっておきの場所、チベット。
チベットといっても近代化されビルが建ち、車がバンバン走り、
古い街並みが壊され、高度成長に沸く漢民族が大挙して押し寄せる、
チベット自治区の秘境性は失われつつあるラサではない。

2005年9月に一度訪れたことのある、
青海省の省都・西寧(シーニン)まで飛行機で飛び、
そこからバスで行くチベットエリアだ。
住んでいる漢民族はそこそこいるけど、
観光客はあまりいない、チベット巡礼者の多いチベットの地です。
といってもほんとのさらなる秘境はさらにまだまだ奥にある。
GWの1週間なんかじゃとてもいけないのだが。

チベットっていまやそんなに行くのは難しくないし、
ヨーロッパやアメリカなんかに行くよりはるかに近い。
でもそうはいってもなかなか行けない場所だと思うんで、
でもほんと素晴らしい場所なんで、
その場の雰囲気のほんのほんの数分の一の魅力を、
写真でお見せしたいと思っています。

写真や文章で伝えることってきっかけにしか過ぎない。
ほんのさわりにしか過ぎない。
私は毎日ホームページを更新し、ネット社会の恩恵を受け、
ネット社会をどんどん発展させてほしい「ネット人間」だけど、
ネットはリアルにつながる手段にしか過ぎない。

このミクシィにしても今年に入って10人以上の方と、
リアルでお会いしたんじゃないか。
まあネット社会になるとネットだけのやりとりとリアルだけのやりとりの、
その差異がそんなに大きくはならないわけだけど、旅行の場合は違う。
旅行というか場所の場合は。
自分がその場所に立ってみないとわからない感覚・感動ってのがいっぱいある。
だから私は旅を続けているし、
その場に立つことから感じるものを大事にしたいと思っている。
私の写真や文章から「こんな場所があるんだ」って、
旅へ行くきっかけになってくれたらこんなにうれしいことはない。

「かさこさんは何十カ国と旅行してますけど、
どこが良かったですか?」という質問に、
今のところ「チベット」と答えている。
「どんなところがいいんですか?」って聞かれると実は困る。
ものすごい遺跡や宮殿があるわけじゃない。
うまい食いものがあるわけじゃない。
人が優しいとかっていったところで、
タシデレぐらいしかチベット語がわからない私にとって、
ものすごく深いコミュニケーションがとれるわけじゃない。

だけどなんだろう。あの空間、あの場所が素晴らしいんです。
心洗われるような、その場にいるだけで、
自分がここにいれることがうれしいっていう感動がわいてくるというか、
別にチベットだからといって宗教的な神秘性とか、
そういうことをいっているわけじゃないんだけど、
日本社会とは対極にあるようなあの空間に身を置くと、
ほんと感動してしまうんです。

というわけでチベットに行ってきます。
チベットとといったって、ネットを使える場所も、
探せばあるのが今のチベット、というか中国。
2005年9月の日記を見返してみると、
チベットから日記が更新されてていたた↓
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=39227238&owner_id=1072437
ま、日本語が打てる可能性は限りなくゼロに近いけど。

そういえば、先日ソウルに行った時、
私は血眼になって地球の歩き方やまっぷるなど、
ガイドブックを隅々まで見た。
行きたい場所を探し出すためだ。

ところがチベットは、ほとんどガイドブックを見る必要がない。
そもそもガイドブックの情報が少ないということもあり、
このようなマイナーなエリアに行くと、
すっかり高級路線化の波を受けている地球の歩き方ではまるっきり役に立たず、
ほんとすばらしいガイドブック旅行人のチベットが役立つわけだけど、
とはいっても今の市販のガイドブックのように、
手取り足取り情報が載っているわけでもないし、
別に隅々まで見なくても、
「きっとここはよさそうな場所だろうな」
「多分この場所に行くだけで満足だろうな」
という気がするからだ。

そんなわけで情報があまりないのですが、
多分、ものすごい素晴らしいところだと思いますので、
帰国してからの写真を楽しみにしていただければと思います。

ネットでますます地球が狭くなればなるほど、
ネットでますます社会が便利になればなるほど、
リアルな体験がきっとその人の大きな糧になるような気がする。
大きな心の糧を得に、チベットにちょっくら行ってきます。

・2005年チベット写真

・1999年チベットの旅

・西部大開発が進むチベットの入口・西寧

・2007年5月11日 チベットレポート2:インターナショナルな中国という国家
島国で単民族の日本では信じられないことだが、
中国・チベットエリアでは公然と2ヶ国語が飛び交っている。
チベットタウンの店の看板に、中国語とチベット語が併記されているように、
会話にも2つの言葉が交っている。
中国国内は実は結構、インターナショナルなのである。

たとえば、チベット僧やチベット人ドライバーなどと話をする場合、
お互いに片言の中国語で話すのが常である。
彼ら同士で話す場合にはチベット語を話している。
チベットにおける携帯電話普及率もなかなかのもので、
チベット僧やドライバーなど比較的高所得層は、
結構、当たり前のように携帯電話を持っている。
日本じゃ信じられないことだが、
標高3000〜4000mの地で、
町から離れたグランドキャニオンのような場所でも、
携帯電話の電波が届くらしく、
ドライバーはしょっちゅう携帯で電話をしていた。

●チベットでのコミュニケーション
・レベル1:英語も話せるチベット人
欧米観光客が多いせいか、
はたまた中国からの亡命を考え、外国文化の摂取に余念がないのか、
英語を話せるチベット人の割合は、
英語を話せる中国人の割合より多いと感じるほど。
今回のチベットエリアでは遭遇しなかったが、
観光客の多いチベットエリアでは、
片言の中国語より英語が通じる。
レストランなどでは英語メニューも併記されていることも多い。

・レベル2:中国語も話せて筆談も通じるチベット人
私も所詮、中国語は片言。
ただ困っても筆談はものすごく通じるので、
会話の意図が伝わらないとメモ帳をすぐ出し、筆談を試みる。

ただどうやら、中国語は話せても漢字がわからないチベット人が結構いるようだ。
中国語を話す聞くことと、中国語の読み書きとはまた別次元の話。
ある程度、中国語が話せれば困らないから、
読み書きまでやる必要はないのか、
中国語がしゃべれても読み書きできないチベット人が多く、
中国語会話がわからず、筆談を試みると、
困ったようなチベット人も多かった。

まあでも考えてみれば、日本の英語教育はまったくその逆。
中学高校で6年間も英語を勉強してろくに英会話ができないことに、
外国人はすさまじく驚くわけだけど、
所詮、日本の英語教育は、話す聞くではなく、
読み書きという筆記試験を前提にしているから、
このような事態に陥るわけだけど、
中国語の読み書きができなくても会話ができるチベット人が多いように、
本来的な日常生活でのコミュニケーションという意味では、
読み書きできなくても話せれば事足りるのである。

中国語の読み書きができないチベット人との筆談になると、
それもできるチベット人助っ人が現れ、我々の会話を助けてくれた。


ちなみに青海省のチベットエリアは回族(イスラム教徒)も非常に多く、
チベット民族衣装に身を包むチベット人、
漢民族、そして白い帽子をかぶった回族と、
3つの異なる民族が同居して暮らしているのが、実に不思議な光景だ。
チベットタウンには、清真(イスラム)と書かれた食堂も多く、
豚肉を出さないイスラム教徒に配慮している。

中国という地球一の世界大国は、
アメリカ移民国家を凌ぐ規模で、多民族が入り乱れており、
文化大革命など少数民族に対する圧政で、暗黒時代も多かったが、
今の表面上は、非常にうまく多民族を統治しているのかもしれない。
(もちろん、未だに少数民族に対する政治的圧力はかなりのものだろうが)

4月にアメリカで起こった韓国人による銃乱射事件に見られるように、
多民族国家アメリカには英語をろくに話せない輩が多く、
それが日本とは比べ物にならない格差を生み、
治安悪化の要因になっている。
銃乱射した韓国人の動機の1つも、
英語がうまくしゃべれずバカにされていたとのことだが、
アメリカに住んでいるのに英語を話せない輩は非常に多いと、
アメリカ取材時、現地の日本人が言っていた。
英語をろくに話せないから職種が限られ、低賃金なのである。

移民による多民族国家アメリカと、
もともと住んでいた多民族国家中国を比較することは難しいが、
別に中国語をしゃべれなくても、
同一民族のエリアとコミュニティがしっかりしているから、
中国語を話せないチベット人が不幸せな暮らしを強いられているようには、
表面上、見えなかった。
賃金格差はあるだろうが、格差のある社会に出て行く必要もないから、
格差を感じることなく幸せに生きれる可能性が高い。

だからこそチベット僧のような英語や中国語を話せる知識階級が、
携帯電話やDVDプレーヤーを持っているともいえる。
多国語をしゃべれる方がビジネスに結びつくからだろう。

こうした独自の「少数」民族の文化を、
今、大開発の名のもと、高速道路と鉄道、町建設など、
インフラ大整備により漢民族文化に組み込んでしまおうという、
いわば武力・戦争による植民地化から、
経済による植民地化政策に変わっているわけだけど、
まあ考えてみれば、中国の都市である北京や上海自体が、
欧米各国の経済による植民地化政策で「変貌」を遂げているのだから、
中国全土が急速に近代化・資本主義化のグローバル市場に、
組み込まれているということなのかもしれない。

今、『プラハの春』という名作を書いた春江一也著の最新作、
『上海クライシス』を読んでいる途中なのだが、
未だに中国は、ウイグル自治区、チベット自治区、内蒙古自治区といった、
漢民族とはまったく異なる文化を持ち、
広大な国土と少数民族とはいえない人口を抱えたエリアに対する、
政治的圧力は非常に強いようだ。
現に中国チベットエリアから、
ネパール、インドに亡命するチベット人は後を絶たず、
昨年、ネパールに亡命するチベット少年僧などが、
中国軍により無差別に射殺される映像がYouTubeにも流れ、
問題になったのは記憶に新しいと思う。
ちなみに、かさこワールドの読者はもう何度も聞いていると思うが、
ダライラマは数十年前にインドに亡命し、
インドにチベットエリアをつくり、亡命政府を樹立している。

いろいろな問題を含みながらも、
経済が好調なこともあるせいか、
また表面上の強圧政治をやめたからなのか、
今は中国統治がいい悪いは別にして、非常にうまくいっているように思う。
だって文化大革命でぶっ壊したチベット寺を、
今じゃ観光資源になると文化重点地として保護しているほどなのだから。

そうしたおかげもあって、チベットのような場所が、
日本人にも旅しやすくなっている。
だってチベット語しか通じなかったら、
旅はかなりの困難を極めるだろう。

昨年開通したチベット自治区の都ラサをつなぐ鉄道だが、
なんと先日、さらにラサからチベット第二の都市シガッツェまで延伸し、
2010年着工予定というニュースが流れていた。
ゆくゆくはネパールまで鉄道を延伸するという噂もある。
でもそうなったら逆に、ある意味では亡命しやすくなるのでは?
なんて妙な心配もしてしまう。

中国が今やっていること、もしこれがうまい方向に向けば、
もしかしたら国や民族といったことが関係なく、
さまざまな民族が同居して暮らすボーダレスな社会の、
ある意味では理想モデルになる可能性もあるのではないかと、
あえて悪い面に目をつぶってみると、
そういう見方もできるのではないかとも思った。