書評・小林紀晴By 書評ランキング

・暗室
写真現像の暗室作業をめぐる話。
暗室が舞台ではないものもあるが、どの話にも共通していることは、これからプロのカメラマンをめざそうと、
スタジオやカメラマンのアシスタントとして働いている若者が主人公であるということだ。
プロをめざしつつもなかなかなれず、夢を持ちつつも苦悩をしながら現実生活を送っている姿が描かれている。

ここに出てくる人たちはみな『夢の途上者』たち。
どこにでもいる普通の人たちを取り扱っている話を集めたこの本を、
道は違えどフリ−のライタ−をめざしている『夢の途上者』たる僕は、とても興味深く読み進んでいった。

やはり現実と理想のギャップというのはどの業界にもある。
金になる仕事と、やりたいこととのギャップは大きい。
フリ−のカメラマンになれること自体は、もしかしたら簡単なことかもしれない。
しかし自分の好きな写真を撮って食っていけるカメラマンになることは、本当にごくわずかの人間しかいないのだ。
実力もさることながら、運や巡り合わせみたいなものが大きく左右することもある。

やりたくもない仕事で金を儲けてフリ−になるぐらいなら、
かえって自分の好きなことは趣味にして、職業などにしない方がいいという考えがどうしても浮かんでくる。
そうやってどんどん脱落者が出ていく。

いかに自分の理想と現実を近づけていくか。
自分の好きなことだけをして食っていける体制を作り上がられるかどうか。
ライタ−をめざす僕にとって、この本に出てくる夢の途上者たちの苦悩がよくわかる。

夢と現実の狭間で揺らぐ若者たちを描いたこの『暗室』という本。
それは僕自身の物語でもある。

・写真学生
カメラマンである著者の写真学校生時代の話を書いたもの。
とりたてて特別変わった話があるわけでもなく、どこにでもいる普通の学生。
どちらかといえばちょっと鈍くさいこの人が、旅行本でベストセラーになるのだから不思議でしょうがない。

カメラマンとして特に写真がうまいとは思えないし、文章ははっきりいってへたくその部類。
にもかかわらず、毎回この人の本が出る度に、僕はすぐに買って読んでしまう。
僕は余程おもしろい本でない限りは、移動の電車の中でしか本は読まないが、
今回のこの本も先を読みたくて仕方がなくって、電車以外でも本を開いて読みふけった。

なぜこれほどまでに彼の本に惹きつけられるか。
それはきっと、著者と読者の距離が離れていないからではないか。
プロのカメラマンや大作家となると、どこか普通の人とは違う別の人種と考えてしまうが、
この人は実に普通なのだ。
学生時代を綴ったこの本を読んでみても、どこにでもいるちょっと冴えない学生といった感じ。
へたな文章とたいしたことのない写真が、かえって読者の親近感を湧かせるのではないか。
それで思わず読み進めていき、共感を持ちやすいのではないか。

なんでもない学生が、今では何冊も本を出している人になっている。
だからすごく興味を惹かれるのだろうな。
僕も一介の夢と途上者として、彼の本が出る度に彼の軌跡をつい追ってしまうのだろう。

・アジアン・ジャパニ−ズ3
稚拙な文章で、かつたいしたことのない写真でありながら、
このアジアン・ジャパニーズ・シリ−ズが人気を得た理由は、企画性のおもしろさにあった。
ヒットとなったアジアン・ジャパニ−ズ1では、
旅先で出会った長期旅行をしている若者に、なぜ旅をしているかをインタビュ−し、
その半年後、日本帰国後、彼らが何をして暮らしているかを再びインタビュ−するという、
その2段構えの構成がおもしろかったのだと僕は思う。

日本が嫌になって漠然とアジアを旅している若者を旅先で取材。
しかもそのインタビュ−ア−である著者自身が、取材者と同じく、
日本が嫌になって旅に出てきた若者の一人であるということが、より対象に迫った内容となっていた。
社会からドロップアウトした若者の取材だけにとどまらず、彼らが日本に帰ってからどうしているかまで追ったところが、
ただのおもしろ旅本とは違った企画で、人気を得た要因であったと思う。

今回の3は、沖縄各地の島に、本州からドロップアウトしてきた若者を取材したもの。
ただそれだけで、前回のような追跡取材はない。
沖縄→故郷の諏訪→沖縄→タイと旅をしている、その構成の脈絡のなさが気になった。
沖縄の間に入った故郷諏訪の話は、別にここの話とはあまり関係ない。
ただ著者自身が沖縄の旅の合間に、7年に一度行なわれる祭りのために故郷に帰っただけの話。

もちろん、一冊の本に沖縄の話と諏訪の話を入れてある意味を持たせるために、
海と山の対比であったり、沖縄にドロップアウトした若者たちや自分も含めて、
「帰る場所−故郷とはどこなのだろう」という問いが含まれているのだろうが、
深く掘り下げた一つのテ−マになるには、あまりに不十分な内容だった。

もう一度、著者が売れる以前に出した力作を期待したい。
アジアン・ジャパニーズの特性であった、2段構えの構成はおもしろかったのにな。