椎名誠・書評By 書評ランキング

・岳物語
正月に祖母の家に行った時に、昔のアルバムなどをひっくりかえしていた。
その時、たまたま出てきたのがこの「岳物語」椎名誠著の本。
それほど興味があったわけではないが、ここにおいてあるよりうちに持ってかえったほうがよかろうと、
アルバムと一緒にダンボ−ルに詰めた。

椎名誠は、モンゴルを舞台にした映画「白い馬」で興味を持ったのがきっかけ。
去年、いろんな人の本を読んでみようとの一貫で、椎名誠の本を何冊か読んだが、どちらかといえば期待外れの感が強かった。
特によく知られている「インドでわしも考えた」で、失望は頂点に達した。
海外旅行など全く行っていない人がこの本を読んだら、もしかしたらおもしろいのかもしれないが、
インドに実際行ったことのある僕にとっては、たいした本ではないなという印象だった。

「岳物語」は、持ってきたものの日の目を見ることなく終わりそうだったが、意外にもチャンスがめぐってきた。
ここ最近ほとんど本を買わず、図書館で借りてくる本ばかりだから、単行本はなくハ−ドカバ−ばかり。
重いハ−ドカバ−の本1冊をカバンに詰め込んでいた僕は、どうしても電車で読むための単行本が欲しかった。
とにかく軽い本ならなんでもよく、そこでこの本の出番がまわってきた。

「岳物語」というから、ひょっとすると山の話かなにかと思ったら、
「岳」とは彼の息子の名前。この本は息子を題材にしたお話なのだ。

これが結構おもしろかった。
主人公である息子がいて、その脇役として椎名誠がいるぐらいのバランスの方が、
筆者と主人公の距離があって、かえってその方がおもしろいのだ。
椎名誠がどこそこへいってどうしたという話は、どことなく自慢話チックというか、押しつけがましさがあるのだが、
子供が主人公になることによって、話に嫌味がない。
それどころか、椎名誠自身が息子に振り回される構図の滑稽さが、読む者をひきつける。

特に後半の釣りの話が良い。
小学生の息子の方が、やたら釣りに詳しくて、お父さんである椎名誠があまり知らないという、
そのアンバランスさが、椎名誠らしい軽妙な文章と合い、ほほえましいというかおかしみを感じられる。
椎名誠の子供の頃を描いた本もおもしろいが、さらにそれよりおもしろかった。
筆者が自分を主人公にして描くよりも、誰か第三者を主人公にした方が、おもしろくなるのかな。
椎名誠作品の中では、一番おもしろかった本だった。

・ナラン
何年か前に『白い馬』というモンゴルを舞台にした椎名誠監督の映画があった。
僕が大学生の頃に上映されていたから、今から6年ぐらい前の話だろうか。
僕がわざわざ映画館に行ってみたいと思った映画は、『もののけ姫』とこの『白い馬』ぐらいだろう。
行ってみたい国の中で、特にモンゴルに興味を惹かれていた僕は、この映画を見たいと思ったのだ。

映画を見ることによって、その地へのイメージが沸き上がってきて、
「やっぱりここに行くしかない」という直感めいたものが立ち上がってくれば、今度の海外旅行はモンゴルにしようと思ったのだ。
残念ながら期待が大きかったせいか、映画はそこまで僕を旅へと駆り立ててくれるものではなかったが・・・。

この映画制作の裏話的な本をたまたま図書館で見つけた。それが『ナラン』という本である。
モンゴルという社会体制の微妙な国で、まして草原という何もない場所で映画を撮影することの苦労話やおもしろ話、
そして現地の人との思い出話が描かれている。
全体的に短い文章で読みやすいは読みやすかったが、とりたてて印象に残る話はなかった。

椎名誠の本を読んでいつも思うことは、文章はときとして低次元だが、その写真の素晴らしさは一級であるということだ。
この本にはかなりモンゴルの草原や人々が写し出されていて、その写真を見ているだけでモンゴルの憧憬が浮かび上がってくる。
写真集として全面的に出して、文章は極力省いたフォトエッセイのような形の方が、素晴らしい作品になると思う。

この本のモンゴルの写真を見ながら、去年実際にモンゴルに行ったことを思い出してふと思うことは、
モンゴル−ウイグル−チベットこの3地域が非常に似ているな、ということだ。
写真に写っている人々の服装などチベット服そのものだし、こころなしか顔の表情や人々の様子も似ている。

モンゴル草原・タクラマカン砂漠・チベット高原と、ともに厳しい自然環境と、遊牧的生活スタイル、広がる無限の大地が、
近似感を覚えさせるのかもしれない。
地図で見るとこの3地域は意外に近く、北京からモンゴルに行くより、ゴビ砂漠を挟んでウルムチから行った方がはるかに近い。
中国本土を取り囲むように、この3地域は隣接しているから、昔から文化的交流は深かったのかもしれない。
モンゴルの首都ウランバ−トルにはチベット寺があるぐらいだ。

僕はこの3地域に共通するものに惹かれて旅をしていたのかもしれない。
厳しい自然環境の中で日々の生活を質素にシンプルに、そして物がなくとも満ち足りた生活を送っている人々。
簡素な生活の中に、動物と自然と共生していく暮らし。
素直で率直で、時に粗暴で、まっすぐに自然と向き合って生きている人々。
その作らない笑顔に僕はずっと惹かれ続けている。

先進国に住むものが決して手に入れることのできない、対極の場所なのだろう。

・黄金時代
椎名誠自身の自伝的エッセイ。
4章構成で、小・中・高・社会人と、昔の時代をたどっていく。
椎名誠の多くの著作に見受けられる軽薄さがなく、
昔の時代雰囲気が漂う読み物で、とても興味深く読み進めていけた。
単なる経歴の羅列ではなく、4つの章が「ケンカ」という一つの軸でまとまているので、
物語がきれぎれにならず、4章が連続した1つの作品として読めるものになっている。
もちろんケンカの話ばかりではなく、他の話とのバランスよく組み込まれている。
このようなおもしろい作品が椎名誠にも書けるのなら、
なぜ「インドはわしも考えた」みたいな、ほんとしょうもないどうしようもないものを
書くのか理解できないが、まあそういったしょうもない軽薄小説を求める読者がいるからなのだろう。

・インドでわしも考えた
この本にはインドの謎を解くべく、3つのテーマが設定される。
1. なぜ、インド人は毎日カレーばかり食べているか
2. なぜ、インド人女性はサリーしか着ないのか
3. 空中に浮かぶヨガ行者を探す

この謎を解くべく、椎名誠がインドを旅するわけだが、その結論はあまりに情けない。
いうなれば、幽霊が出る現場に赴いたものの、あやしい雰囲気は漂っていたが、
結局幽霊は発見できなかったという、よくあるいかさまテレビ番組のようだ。
1. カレーは日本人の味噌汁のようなものだから毎日食べている。
2. サリー以外の服を来たいと思っているが、それ以外の服がない
3. みつけられなかった

なんとひどい結論だろうか。1.2.に至っては適当な推論で物を言っているだけであって、何の根拠もない。
いい加減な根拠でも「おもしろいな」と思わせるような結論だったら、
真偽の程はともかくとして、うそっぱちだけどおもしろい本として成り立つのだが、それすらない。