ベトナム かさこワールド

・はじめに
これといったテーマなどなく、これといったおもしろい話などもない。
3ヶ月のアジア放浪に比べたら、たったの6日間など「旅」と呼べる代物ではない。

しかし僕の目の前には間違いなく異国の世界が広がっていて、
そこで見たものは異国のほんの一部分にしか過ぎなかろうとも、現実世界であったことに間違いはない。
今回のベトナム旅行は、これによって何かの作品を書こうというものではなく、
極めて自己治癒的要素の強かった、いわゆる普通の旅行である。
僕の宿病である「旅の病」が発病してしまったので、それを癒す(誤魔化すの方が正確か?)ために旅をした。

1週間旅して本を1冊作ってしまった「エジプト旅行記」を考えると、
内容はともかく、それだけ自分の中で旅に特定のテーマがあったことはすごいなと思う。
今回の旅にはそういったものがいっさいない。
ベトナムを選んだのも気まぐれであり、ベトナムで旅した場所も極めて気まぐれである。

たかだが6日間だが、写真だけはいっぱい撮ってきた。
そこで写真を中心に「僕の見たベトナム」を紹介したい。
そこに何が立ち現れるのか、未だ僕にもよくわからない。
ただその写真群の背後に、ある一定のイメージが浮き上がってくるのではないかという予感だけはしている。

・第一章 タイムマシーン
・イメージ
 この写真を見せて「ここはどこでしょう?」と質問して、
 まず「ベトナム」と答える人はいないのではないか。
 僕もこの場所に実際に行ってみて、ここがベトナムとは思えなかった。
 というのもこんなにただっぴろい大地が広がっているような場所があるとは、
 思わなかったからである。

 世界地図を見るとわかるが、ベトナムは南シナ海に沿った非常に南北に長い国である。
 だから草原でも砂漠でも、田園地帯でもデルタ地帯でも、
 どこまでも広がる雄大な景色があるとは想像していなかった。
 赤茶けた砂土に時折サボテンが生えるこの半乾燥地帯に、
 自分のイメージしていた「ベトナム」とが合わなかったのだろう。
 しかしここも間違いなくベトナムなのである。

 最近ベトナムブームが著しく、日本のあちこちにベトナムイメージが氾濫している。
 アオザイであったりベトナム雑貨であったり、町中いっぱいをかけめぐるシクロであったり、
 洒落たベトナム料理であったり、メコン河を舟で豊富な物資を運ぶ人々であったり・・・。

 旅行のパンフレットには必ずこういった「イメージ写真」が全面に押し出され、
 行ったことがなくても知った気になるぐらい、今の世の中「イメージ」であふれかえっている。

もし僕がベトナムの本を書くことになったとして、表紙の写真に何を使うかといえば、
やっぱり一般的なベトナムイメージの写真を使うだろう。間違ってもこの写真は使わない。なぜならどこだかわからないのだから。
こうして一度作られたイメージは、強力な規制力を持ち、イメージが現実を規定するまでに至る。
イメージが限りなく再生産されていき、どんどん現実から遠のいていく。

僕が今回旅行して一番感動した景色がこの写真の風景だった。
ベトナムイメージとは程遠い。しかしこれも間違いなくベトナムの現実世界の一つ。
イメージによって現実世界が規定されていくなんて、こんなバカらしくてつまらない話はない。
イメージは常にぶち壊されていくもの。
自分のこの目で確かめる。それが超バーチャルリアリティ社会の世界に住む人々の旅をする意義なのかもしれない。


・空を飛ぶ
未だに僕は飛行機に乗る度に不思議に思う。
なぜこんな物体が空を飛べるのだろうかと。
科学的な説明を聞けば論理的に納得できたとしても、
動物的感覚からするとどうにも信じがたいのだ。

小学校低学年の頃、近所の友達とこんな論争を繰り返していた。
「飛行機と列車のどちらが安全か?」
友達は飛行機の事故率の低さから、いかに飛行機が安全であるかを説いた。
それに対して僕は、飛行機での事故が起きた時の死亡率の高さを指摘し、
事故の多さではなく死亡率を考えれば、飛行機ほど危ないものはないと反論した。

僕は未だに人間の科学文明は信用していない。
21世紀を迎えてますます重要になってくるものは、
超科学文明ではなく動物的感覚であると思う。
大地震や大洪水や台風が来たとしても生き残れるサバイバル力。
科学文明の脆さを今一度認識しておく必要がある時代に、
差し掛かっているのではないだろうか。

それにしても飛行機はものすごい便利な乗り物である。
たったの6時間で日本からベトナムという全くの異世界へと連れていってくれるのだから。
駱駝や馬や船を使って延々と旅した昔の時代から考えれば、とんでもないマシーンに思えるだろう。

「旅は移動にあり」ー僕はそう思っている。
旅とは目的地で何かをすることではなく、目的地に辿り着くまでが旅なのだ。
つまり現代社会における旅とは、実に短いフライト時間のことなのだ。
だからこそ飛行機会社は価格を無視して、旅の時間を楽しんでもらおうと、
あの手この手を使って旅人を楽しませようとサービス合戦を繰り広げているのである。

飛行機によって誰もがいろんな場所に行けることになったのは非常に素晴らしいことではあるが、
そのことによって旅の浪漫が失われてしまうのなら、それはそれで実に寂しいことである。
だからこそ一度陸路で国境を越える旅の感動をぜひ味わって欲しいと僕は願う。

人間は愚かである。
便利になった代償として支払ったものの存在の大きさに気づかないことが多い。
一体僕たちはどこに向って飛んでいるのだろうか?

しかしここにパラドックスが潜んでいる。
先進国から後進国への飛行機の旅は、タイムマシーンとしての機能を果たしているのだ。
つまり我々が今まで便利を得るために犠牲にしてきた失われたものを後進国で見ることができるのだ。
なんて皮肉な現実。

それにしても僕は未だに飛行機に乗るのが恐い。

・ノスタルジア
 空港を降りるとそこには「異国」というより「昔」の世界が広がっていた。
 なぜか懐かしい。どこか懐かしい。不思議な感慨に襲われる。
 今の日本のお父さんお母さんの世代が、アジアに出会った時、
 「子供の頃の日本とそっくりだ」と昔を懐かしむのはわかる。
 しかし我々の若い世代は生まれた時から、すでに無機質な現代社会に取り囲まれ、
 昔のニッポンの姿を知らないにもかかわらず、なぜか「懐かしい」と感じてしまう。

 人間には機械で囲まれたアンドロメダ星的近未来社会より、
 多少泥臭くて不便な社会の方を人間としての「ふるさと」として、
 生理的にも本能的にも認識する力が備わっているのではないだろうか?

 お父さんお母さんの世代には生まれ育った田舎があり、帰るべき故郷があり、
 そこにいけば何もわざわざアジアなどいかなくとも、昔の古き良き時代を思い出すことができる。
 しかし我々の若い世代はもともと都会で生まれ育ち、愛着を覚えるほどの場所がない。
 帰るべき故郷がないのだ。
 だからこそアジアにその幻影を求めている。
 アジアに行けば昔の日本に出会える。アジアに行けば帰るべき故郷として感じることができる。
 だから若い世代はこぞってアジアを旅するのではないだろうか?

 そこで若者は何を感じるのか。
 日本が経済成長と引き換えに失った多くのものを見るかもしれない。
 日本が便利を最優先してなおざりにしてきたものを見るかもしれない。
 まだアジアにはそれが残っているから。

 しかしそれを見ることができるのは時間の問題かもしれない。
 なぜならアジアすべてが「ジャパンドリーム」を軌跡を辿ろうとやっきになっているからだ。

 そこのじいさん、懸命に働いて今のニッポンみたいに精神的に貧しい国になっちゃいかんよ。
 ジャバンドリームは完全に失敗だったことが今になってやっとわかってきたのだから。
 たとえ物が豊かになり、GNPが倍増したとしても、
 今のニッポンみたいにわけもわからず小学校の子供を無差別に殺してしまう世の中になっちゃ、おしまいだからな。
 だからじいさん、このままのんびりマイペースでいこうや。
 日本人観光客がなぜいっぱいくるかって?
 決まってんだろう。みんなここが懐かしくて懐かしくてたまらないんだよ。
 故郷でもないのに、故郷の幻影をここに見出しているんだよ。


・都市異相
 僕は都会が嫌いだ。特に発展途上国の都会は嫌いだ。
 なぜならそこにはコンビニがありマックがあり、高級ホテルがありブランド品があり、
 その国の良さを抹殺した、全世界的に均一化された資本主義社会の衛星都市でしかないからだ。
 都会には貧富の差が急激に拡大したせいが、立ちの悪い物乞いは多いし、
 田舎から出てきた金の亡者がうろついているから、ぼったくられるしトラブルも多いし、
 何より犯罪が多い。都市は治安が悪いから、日本人は絶好の標的にされる。

 だから僕は大都市は極力立ち寄らず、すぐに田舎に足を伸ばす。
 ベトナム旅行もしかり。ホーチミンなど興味はないので、
 空港に着くと真っ先に駅に行って、田舎町行きの夜行列車をチケットを確保した。

 ところがこのホーチミンを歩いてみると、不思議と嫌なイメージがしない。
 町を歩いていても発展途上国特有の無秩序な乱開発による都市のバタツキ感を感じない。
 なぜだろうかと僕はずっと考えて、ある一つの答えに辿り着いた。
 そう、ここにはほとんど車が走っていないからなのだ。
 だからばたついた印象がないのだ。

 途上国の都市の印象を悪くしている最大の原因は車である。
 みんな車線など関係なく縦横無尽に走り回り、何でもないことでもクラクションをわめきちらし、
 さらには有毒な粉塵がばらまかれ、挙句の果ては大渋滞でにっちもさっちもいかない。

 ところがこのホーチミンの道路にはほとんど車が走っていない。
 その代わりにバイクがうじゃうじゃどうしようもないくらいに走り回っているが、それは不思議と都会的な悪印象を与えないのである。
 このホーチミンでは人口600万人に対してバイクの台数が400万台もあるのだという。

 車が走っていないだけでこんなにも都市の印象が変わるとは思ってもみなかった。
 乗り物が人間に近くなれば近くなるほど、都会的バタツキ感や都市的希薄感は消え、親しみのある町に早変わりする。

 バイクが無数にうようよ走っているこのホーチミンという都市は、他の都会とは違ってなんだか好きになれそうな気がする。

・犬も歩けば
 僕はホ−チミンの町を歩いてみることにした。
 もしかしたらこの町には、他国の都会とは違った何かおもしろいことがあるかもしれない。
 すぐに写真を撮れるようにと、リュックから取り出し首からぶら下げた。
 「犬も歩けば棒に当たる」というがごとく、
 「カメラをぶら下げれば被写体に出くわす」との格言もあるようだ。

 すぐさま町で呼び止められた。
 一瞬、何かの客引きかと思って反射的に警戒する。
 女の子がいっぱいいて、僕を見て笑っている。言葉は通じない。
 一人が僕のカメラを指差した。
 「撮って」
 そう言っているようだった。

 僕は彼女らにカメラを向けて、ひたすらシャッタ−を押し続けた。
 外で撮ってくれ、店の中で撮ってくれ、みんなで撮ってくれ、二人で撮ってくれ・・・
 無限に続くオ−ダ−に沿って僕はシャッタ−を機械的に押していく。


彼女らがどこの誰かもわからず、僕がどこの誰かもわからず、ただ道端で会って、カメラを向ける−向けられるの関係になる。
ただそれだけの関係でしかないことに、一抹の虚しさを覚えないわけでもないが、これも一つの一期一会。

旅とは瞬時の出会いと別れを繰り返す人生の縮小版。一時の愛情と、永遠の薄情と。

「写真を送ってね」と店の名刺を渡された。「送らずにいつか届けにくるよ」
いつの日かまたここに来て、写真を渡せたら、それはとても幸せなこと。

”再会(サイチェン)”
中国語で「再会(さようなら)」といって僕は去った。
また旅に出れますようにと願うがごとくに。

・幻夜




 ちょっとそこのあんた、市場の写真なんてどうすんだい?
 そんなに市場が珍しいかい?
 あんたの国には市場はないのかい?