ベトナム かさこワールド

第3章 忘れ去られた王国

・水先案内人

 おい、受験勉強でインテリジェンスなニッポンジンさんよう。
 「チャンパ」って知ってるかい?
 チャンパ王国って言ってな、ベトナム中部の海岸平野を中心に2〜17世紀まで栄えたんだ。

 いいかい、チャンパはな、地理上ではものすごく重要な位置にあるんだ。
 このクイニョンが港町であるようにな、昔は「海のシルクロード」の交易路だったのさ。
 中国から海岸沿いにベトナムを回って、インドからさらにはヨーロッパへと向ったのさ。

 だからな、クイニョンにはチャンパの遺跡がいっぱい残ってるんだ。
 せっかくここまで来たんだから、ビーチでサッカーばかり見てないで、遺跡見学でもするんだな。

 何、足がねえって?
 だから言ってんだろ。俺のマシンで乗っけてってやるって。
 いいから遠慮せずに後に乗ってきな。
 ただな、遺跡はあちこちに散らばってるから、お金はいただくぜ。
 俺は英語もできるからガイドもしてやれる。
 チャンパ遺跡見学は俺にまかしておきな!

 はじめに声を掛けたバイクタクシーの運転手は、チャンパ遺跡の場所を知らなかった。
 そこに声を掛けてきたおやじがこの人だった。
 確かにこの人は英語も多少話せるし、場所もよく知っていた。
 ということで、彼の後にまたがってチャンパ遺跡見学スタート!



・チャンパ

 失われた王国、忘れ去られた王国、チャンパ。
 ベトナム中部に2〜15世紀頃まで発展した王国は、
 大国に挟まれた小国ゆえ、度々侵略や侵攻を受けた。
 点在する遺跡は原型を留めぬまま、廃墟と化したものが多い。

 しかしクイニョンのこの遺跡「Banh It」には、
 主祠堂を中心として付属建物も残っている。
 主祠堂の隣にある舟型屋根の宝物庫。主祠堂の一歩手前にある楼門。
 小高い丘に堂々と建つこの遺跡群から、
 確かにここに息づいた人々がいたことを証明している。

 1000年以上も前に建てられた遺跡の劣化は激しい。
 入場料などとるような観光施設になっているわけでもなく、
 少数民族の小さな遺跡程度のものに、
 世界遺産の名が冠されるわけでもない。
 このままいけばやがて崩れ落ち、ただ赤レンガの山だけが残るのだろう。


 チャンパ王国についてはほとんど何もわかっていない。
 系統的な歴史も残されてはおらず、ただ各地に残された遺跡から当時の生活を知るのみだ。

 ただ一時は、中国からインドそしてローマをつなぐ海のシルクロードの要衝地として、栄えた時代もあったらしい。
 そのため文化の交流地らしく、文化的には仏教とヒンズー教の入り混じったものになっている。

 高台に建つ威風堂々としたチャンパ遺跡。
 しかし人々の記憶に留まることなく、いつかは崩れ去っていくだけの運命にあるのかもしれない。

・こども

 旅が自分の「映鏡」であるとするならば、
 旅先で出会う人々もまた、自分自身の化身である。

 見晴らしのよい高台の遺跡から、周囲を見渡していると、
 いつのまにか僕の背後に子供たちが近づいていた。
 言葉は通じない。だけどお互いに物珍しさから興味を持っている。

 「君たちの写真を撮ってあげようか?」
 僕はカメラのシャッタ−を押す真似をした。それが唯一通じた「言葉」だった。

 なぜか僕は旅先で子供たちと多く出会う。
 旅が自分の「映鏡」であるとするならば、
 旅先で出会う子供たちは、僕自身の化身なのだろう。

 いつまでも夜遅くまで遊びに興じる子供たち。
 僕の心はいつまでたっても子供の頃のまま…。

「男の人っていつまでたっても子供なんだから」
よくドラマや小説で聞く言葉だが、やっぱりそれは真言なのかもしれないな。

今日もまた、会社を休んで、旅に興じる。
旅先で出会う、僕の子供心たち。


・王国
バイクの後にまたがって、クイニョンの町から
田園地帯を延々走ること50km。
ひっそりと静まりかえった野原に3つの塔が残されていた。

チャンパ王国が最も栄えし12世紀頃に
建てられた「Duong Long」、別名「象牙塔」。
仏教的要素とヒンズー教的要素の交じった祠堂だ。
人々は神を奉ることによって社会生活の秩序を保っていたのだろうが、
宗教への過剰な厳格さは感じられない。

昔栄えた場所というのは、不毛の地と化しているところが多い。
崩れ落ちた廃墟は、寂しくそして冷たく、人を寄せつけない雰囲気がある。
しかし、なぜかこの廃墟は緑も豊かで、
しかも、懐かしさを思い起こさせるような温かさがある。
かつて自分が住んでいた古家であるかのような親しみを覚えさせるのだ。

自然と一体化しようとしているこの廃墟には、
かつて王国に住んだ人々の息遣いが聞こえてきそうな、そんな優しさがある。

「ユートピア」〜どこにもない場所〜
そんな言葉が僕の心にふと浮かんだ。

・蝶

 静寂…
 自然に囲まれた廃墟は、静けさに包まれていた。
 しかしそれは「死」を思わせる、無音の静寂ではなく、
 むしろ「生」を思い起こさせる、音のある静寂なのだ。

 草の音、風の音、虫の音、そして蝶の羽ばたく音
 音のある静寂の世界が、ユートピアを夢想させる。

 不思議な雰囲気に包まれた空間
 ニンゲンどもを追い払ったおかげでできた楽園の地
 雄弁なガイドもここに来ると話し掛けるのをやめた
 僕もむやみやたらにシャッターを押すことができなくなる

 ここは…夢の島
 蝶が暮らす楽園の地
 花に誘われて、草の香に誘われて、風の流れに誘われて、
 蝶が舞う姿に、僕は現実感を失っていく。
 ここはまさしく桃源郷だ

・証拠写真

 このベトナム旅行で、はじめてインタ−ネットの恩恵を受けることになる。
 hotmailを使い、インターネットカフェを使って、メールを送受信したり、
 かさこワールドの掲示板に書き込んだりしたのである。

 「今、僕はベトナムにいます」
 そんな言葉が、たとえば掲示板であったり、携帯電話のメールに届いたとしても、
 読んだ人にとっては、僕が本当にベトナムにいるのか実感がわかないだろう。
 メールというのは、どこにいようが相手がすぐ近くにいるような錯覚を起こさせるからだ。

 「かさこさん、ベトナムに行ったなんて言って、
 実は家でホームページの更新でもしてんじゃないか?」
 そんな疑惑を持たれないかねないほど、インターネットのすごさを感じだ旅だった。

 だから・・・というわけではないが、いちよ何かのために証拠写真を撮ってきた。
 僕は間違いなくベトナムから掲示板に書き込みしたのだと裏付けするために。

でも、と思った。
IT時代を生きる僕たちにとって、
相手がどこからメ−ルを送ってきているか、どこから掲示板に書き込んでいるかなど、実はたいした問題ではないのかもしれない。
それがネットの最大の利点でもあり、そして最大の欠点でもある。

ネットによって人々は近くなり、そして遠くなる。
メールというコミュニケーション手段は便利であるが、その一方で決定的な無味乾燥性はぬぐえない。
だから・・・というわけではないが、やっぱり証拠写真は必要なのかな。

そんな先進国の機械化帝国アンドロメダからやってきた僕が、
必死になって三脚立ててセルフタイマーにして自分を撮ろうとしている姿を、現地の子供は不思議そうに笑ってみていた。

やっぱり、僕らが間違っているのかもしれない・・・。

・その向こうに

 ねえ、この向こうには何があるの?
 ねえ、この向こうには何が見えるの?
 ねえ、一体この祠堂を作った人々は、この窓から何を見ていたの?

 ここはな、何百年も前から景色は変わってないんだ。
 わかるか。あんたのお父さんも、そのまたお父さんも、
 そのまたまたお父さんも、そのまたまたまたお父さんも、
 今、おまえが見ている景色を眺めていたんだ。

 何も変わらないんだね。

 いいか、坊主、よく聞け。
 変わらないこと=進歩していないということではないんだ。
 変わらないこと=発展していないということではないんだ。
 昔からな、この地にふさわしい風土があり、文化があり、暮らしがあるんだ。
 変わらないでいられること。それこそが今の世界で最も難しいことの一つなんだ。

 おじちゃん、でもこの建物、もう崩れそうだよ。

 たとえ遺跡が崩れ落ちても、ここからの景色は変わらねえ。
 ニンゲンなんぞが作ったものなんぞ、そのうち消えてなくなってしまうけどな、
 でも、自然も、景色も、風土も、そしてここに暮らす人々も、消えてなくなることはないんだ。

 変わらなければな。

・モーストデンジャラス

 海外旅行・一人旅・アジア=危険みたいな構図が、
 偏見というか先入観としてあるのかもしれませんが、
 もちろんどんな旅にも危険はつきものなのです。

 いくら旅慣れして危険への嗅覚が他人より少しは発達したところで、
 やっぱり100%危険を避けることはできません。

 今回のベトナム旅行で最も危険だったシーンがこの写真。
 町から不便なところに点在するチャンパ遺跡をバイクタクシーに乗って観光するわけですが、
 短い旅行のために無理して連日、夜行列車を使って強行日程を繰り返していたせいか、
 後に乗っていると異常に眠くなってくるのです。

 かなりうとうとして、かっくんかっくんし、
 はっと目が覚めると「危ない!」ってことが結構何度もあったんです。
 居眠り運転ならぬ、居眠り乗車。はっきりいってかなり危険です。

 これが最もこの旅行で危険だったこと。
 騙されたり金をせびられたり、道端で口論したり、ホテルの前で待ち伏せされたりと、
 多少は危険なことはありましたが、
 そういったことへの対策は慣れてますので、あまりたいしたことではなかったのですが、
 眠くて後部座席で寝てしまうというのは、ほんと対策のしようがなくって困りました。

 まあ強いて言うなら、短い旅行をするなってことぐらいっすかね。
 やっぱり長旅の方が無理せずゆっくり見て回れるから。